古代遺跡の発掘調査は、高度経済成長期の乱開発の反省から、文化財保護法がきめ細かく改変されて、現在では出来る限り現状のまま保存して次世代へバトンを渡して行く方向に向かっています。
古墳についても、宮内庁管轄の陵墓では発掘調査は行えませんし、それ以外のものでも、同じように保存の観点から、容易に発掘許可が下りないのが現状です。
これは、大昔の謎を解明したい古代史ファンにとっては寂しい話です。
現在、一つの解決の鍵として注目されているのが、宇宙から降り注ぐ素粒子ミュオンを利用した非破壊検査です。
素粒子ミュオンについて説明する前に、これを利用した非破壊検査は、2020年時点ですでに三か所で行われていますので、紹介します。
奈良県斑鳩町の春日古墳、奈良県桜井市の箸墓古墳、そして大阪府高槻市の今城塚古墳です。
春日古墳は、6世紀後半のもので、すでに実験を終えて、内部に石室がある事が確認されています。
箸墓古墳は、邪馬台国畿内説を唱える学者が卑弥呼の墓と比定している場所で、2020年に実験開始しています。
また、今城塚古墳は、越前の大王・継体天皇の墓とされる古墳で、これも2020年に実験開始しています。
詳しい内容は、次回の動画で説明します。今回は、素粒子ミュオンを用いたミュオグラフィ―の話をします。
素粒子ミュオンは、宇宙から降り注ぐ宇宙線の一種です。この飛跡を元に、透過した物体の密度分布を再構成して、物体の内部構造を描き出す事が出来るのです。これによって描き出された図面を、一般に「ミュオグラフィ」と呼んでおり、将来的に様々な分野への応用が期待されている技術です。
いわば巨大な物体のレントゲン撮影といえる技術です。
レントゲン撮影であれば、X線を用いて人体の内部などを撮影しますが、厚い鉄板を通して内部を見る事までは出来ません。
ミュオグラフィは、X線よりも格段に高い透過力を持つ素粒子ミュオンを用いる事で、X線では見る事が出来ない火山やピラミッド、古墳、原子炉などの“厚い”対象物の内部を非破壊でイメージングする技術です。
ミュオグラフィの原理を簡単に説明します。
宇宙空間には超新星爆発などにより加速された陽子やヘリウムなどの原子核が飛び交っています。これを一次宇宙線と呼びます。これが地球大気上層部にある窒素や酸素などの原子核と衝突すると、二次的に素粒子の原子核が発生します。これを二次宇宙線と呼びます。この中にはミュオンが含まれており、1分間に1平方センチあたり1本程度の割合でつねに地上へと降り注いでいます。このような自然現象により発生する宇宙線は幅広いエネルギーの分布を持ち、その中でも高いエネルギーを持つミュオンは岩盤1kmでも貫通する事ができるのです。
この宇宙線ミュオンを検出する装置を観測対象の周囲に設置して、観測対象を通過して検出器に到達するミュオンの方向と数を測定します。得られたミューオンの検出数の濃淡を画像化することで、巨大な物体の内部写真を撮る事が出来るのです。つまり、宇宙線ミュオンによるレントゲン写真という事です。
素粒子ミュオンについては、原理が理解されただけでは実用化されません。
ミュオグラフィによる物体の内部映像を焼き付ける為の、原子核乾板技術の進化がポイントでした。
今日、この乾板技術が実用化されて、普及に向けて一気に動き出しているのです。
エマルションフィルムと呼ばれる、あらゆる素粒子の軌跡を立体的に記録する特殊な写真フィルムの技術開発が、ミュオグラフィ実用化の背景にあるのです。
原子核乾板の構造は、厚さ数十ミクロンのゼラチン膜中に直径約0.2ミクロンの臭化銀結晶を一様に分散したものです。ミュオンなどの宇宙線が臭化銀結晶を通過すると、その痕跡が結晶に保持されます。痕跡を保持している結晶は、写真フィルムと同じように化学現像処理を行う事で1ミクロン程度の大きさの銀粒子として原子核乾板中に残ります。このようにして、原子核乾板を通過した宇宙線の軌跡は、銀粒子の立体的な並びとして記録されます。この1ミクロン程度の銀粒子による飛跡は光学顕微鏡を用いて観察する事が必要ですが、これを高速に読み出してデジタルデータ化する超高速自動読み取り装置を開発する事で、原子核乾板の実用化に成功しました。
原子核乾板の特徴は、その極めて高い空間分解能、つまりイメージングにおける解像力が挙げられます。
そして、写真フィルムと同じですので、
電源不要で、薄型・軽量・コンパクト、小型化・大面積化が容易、.電源がないような屋外での観測や狭い空間内への検出器の設置、長期観測などが可能となっています。
つまり将来的に、安くて手軽に古墳の内部撮影が可能になって行く、という事です。
現在のところ、ミュオグラフィ―の技術は、ニッポンが最も進んでいます。
具体的には、名古屋大学理学研究科と、東京大学地震研究所です。
奈良県桜井市の箸墓古墳では、名古屋大学の装置を用いて、大阪府高槻市の今城塚古墳では、東京大学の装置を用いて、それぞれミュオグラフィ―の観測を開始しています。
これはすぐに結果が出るものではなく、六か月ほど継続的な撮影の後で、現像されます。
この二つの古墳とも、結果が出るのは2020年の後半、とされています。
ミュオグラフィ―技術は徐々に身近なものとなっています。古墳への応用は、その一つに過ぎません。
これまでに、火山観測(昭和新山、浅間山)、福島第一原子力発電所の原子炉内部の状況調査、エジプトのピラミッドの内部調査など、様々な研究機関や企業などと共同で進められています。また、従来のレーダー探査などでは検知出来ないような地下空洞の調査やダム・盛土などの大型建造物内部の密度測定などの新しい社会インフラ点検技術への応用も期待されています。
応用が進めば、安くなるという事です。そのうちに、「この古墳、ちょっとミュオしてみるか」程度の、お手軽なレントゲン撮影になる日が来るかも知れません。