前回、出雲国風土記の中に、古志(高志・越:北陸地方)の記述が非常に多い事を指摘しました。『国引き神話』や、治水工事など、各所で越の人々の活躍が見られます。
弥生時代後期に、干拓工事で大規模農業に成功した越前が、その先進的な治水技術で、出雲の国を造った様子が、目に浮かびます。
越によって造られた、いわば越の子会社の出雲ですが、その扱いは冷酷だったようです。
植民地から搾取するような扱いだった事が、
「古事記」
から見て取れます。
古事記の中の最も有名な伝説の一つ、『ヤマタノオロチ』伝説。
古事記と日本書紀の漢字の記述は異なっていますが、ストーリーは、ほぼ同じです。
古事記には、「高志の八俣遠呂智、年毎に来たり」と記されています。高志(越)から、出雲に現れる怪物の話です。
8つの頭と8本の尾を持った巨大な越の怪物が、毎年、出雲にやって来て、娘をさらってしまうのです。
もちろん、古い時代だからといって、怪物が実在した訳ではないでしょう。単純に考えて、「越という巨大国家が、毎年、収穫期になると出雲にやって来て、収穫物を搾取してしまう」という事です。
十分な収穫物が無ければ、男は奴隷、女は慰みもの、として連れ去ったのは、古代の国家間の主従関係では、当たり前の事です。
支配されていた出雲にとっては、越は悪者でしかなかったはずです。
古事記によると、この出雲と越の関係を断ち切ったのが、須佐之男命(スサノオノミコト)です。
高天原(タカマガハラ)に住んでいた天照大神(アマテラスオオミカミ)の弟で、乱暴者だったとされています。
目に余る行為に業を煮やした天照大神は、彼を追放します。須佐之男命が向かった先は、出雲です。
これは越と戦う為に、出雲に派遣された同盟国・高天原の援軍だったという事ではないでしょうか?。
ここでは、高天原(タカマガハラ)は、北部九州だったとします。天照大神(アマテラスオオミカミ)一族が居たとされる場所だけに、諸説あります。しかし、出雲の土器の出土数では北部九州系が圧倒的に多いので、北部九州が高天原とするのが自然でしょう。
出雲は、高天原という名の北部九州と同盟関係を結び、須佐之男命という援軍によって越の軍勢に対抗したのです。
ここまでを、再度整理して、当時の勢力図を確認します。
大規模農業に成功し、翡翠などの宝石類の加工、鉄器の導入 が進んだ越の国。その越の国によって造られ、植民地となった出雲。越は出雲を利用して、朝鮮や九州と同盟関係を結ばせ、中継貿易の拠点としました。
一方、時間の経過と共に、出雲にとっての越は、搾取するだけの邪魔な存在でしか無くなってしまいました。越を追い出したい出雲が、同盟関係の高天原(タカマガハラ)に援軍を要請し、戦いが始まります。
古事記に記された『ヤマタノオロチ』伝説が、弥生時代末期の邪馬台国時代の話かどうかは、不明です。ただ、高志(越)が出雲を支配していた事、出雲が九州の援軍を得て、高志と戦った事、これらは想像に難くありません。
次回は、『ヤマタノオロチ』伝説の、高志(越)と出雲の戦いの結果と、その後の倭国の勢力図について考察します。